みかん温泉

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黒い海

2009/05/13(Wed) 19:07

 
黒い海




ごぉぉぉ。

 耳を引き千切りそうな激しさで風が吹いてるようだった。
 轟音の中、俺を乗せたバイクは猛スピードでトンネルを幾つも抜けていく。暗闇とオレンジ色のランプの連続。捲兄のバイクの腕を信用してない訳じゃなくてさ、100kmなんて軽く越えてるそのスピードに身体の筋肉が緊張するんだ。笑うなよ、怖いんじゃねーんだからさ。
 そう言い訳のようなことを考えながら、オレはライダースーツを着た捲兄の背後から回していた腕にぎゅっと力を込める。
 そしたら、フッとバイクのスピードが落ちた。
 そういうのが捲兄っぽいなって思う。
 なんでそんなにオレに甘いの?なんでオレのそんな些細な心情に捲兄はすぐ気がつくの?
 ―――ちょっとほくそ笑みながらオレはそんな問いかけを心に思い浮べ、でもなにも口にしない。というか出来ない。
 だってまだバイクは走り続けている。捲兄はどこに行くつもりなんだろう。盆の最中で夏期講習もこの三日間は休みだった。
 夕方、捲兄から電話がかかってきて、オレはいつもの公園に呼び出された。

 飯に行くって言ったからオレは後ろに乗ったのに、いったいどこまで行くんだろう。

* * *

 オレは物心つく前に親と死に別れ、引き取られた親族の家で虐待された後、結局施設を経由して今の養父母の元に貰われてきた。本当の親のことは何も憶えていない。その死についても教えられた知識でしか知らない。

『どこかであったことがある?』

 それは一番初めに捲兄に話しかけた時にオレが口にしたセリフだ。
 高三の夏。
 予備校の昼休み、いつも同じ公園で飯を喰うオレの指定席は、一番大きな樫の木の下にあるベンチだった。大通りから一番奥のこの場所には、余り人もやってこない。昼の利用者が多い公園だけど、休憩が短いランチタイムはみんな通りから近い場所を選ぶからだと思う。
 それは、オレがいつものようにベンチに座り、今まさにコンビニ弁当を食おうとしている時のことだ。
 その男はあまりに突如としてオレの目の前に現れた。
 一目でまっとうな社会人だとわかる身なりの男だった。スーツをキッチリ着込んで、髪は短く綺麗に切りそろえた外見は、いかにも仕事が出来そうな感じがした。
『隣、いい?』
 上手く言えないけど、その声がやけに懐かしかったよ。
 だからオレはちょっとボンヤリして、そしたらあんたは困ったように笑いながら『座るぜ?』と言ったんだ。

 そしてその男は翌日もオレの座るベンチにやってきた。

 同じセリフを口にして、オレの返事を待たずに隣に座り、鞄から取り出したサンドイッチとカレーパンを、手早くパック牛乳で流し込んだ。
 オレは自分の胸がざわつく理由が知りたくて、男の顔をじっと見つめたんだ。
 その端正な横顔が誰かに似てるな、と思った。よく知っている誰かに。どこかで見た誰かに。だから話しかけたんだよ。そしたら男はオレにこう言った。

「―――あるよ。オレ、おまえの本当の兄貴だから」

 捲兄は未だにあの時のオレが聞いたセリフを思い出しては「〝どこかであったことがある?〟なんてなぁ、正直ベタすぎてナンパかと思ったぜ」って笑うんだ。そう言われる度にオレは恥ずかしがってギャアギャア騒いだけど、でも本当はまんざらでもない気分だった。だってそう笑う時の捲兄は、なんか妙に嬉しそうだったから。
 そしてそれからというもの、実の兄だというその男は、しょっちゅうオレの目の前に現れるようになった。

 捲兄はオレが通ってる予備校近くの商社で働いているらしい。たまたま昼休みに出かけた公園で、自分とよく似た顔を見かけて気になったから話かけたのだと言った。そしたらその声があまりにも自分に似てたし、近くで見た顔もやっぱり似てるし、そこで確信したのだという。
 オレを捜しているのなら、この赤い髪や赤い目の方がよっぽど目印になってると思うのに、捲兄はそのことは口にしなかった。初めて会う人に赤いことを言葉や目線で指摘されなかったのは初めてで、それだけでオレは捲兄に初対面から好感を持ってたんだと思う。
 夏期講習の間、毎日一緒に昼飯を食った。休みの日は、養母には図書館に行くと言って捲兄のマンションに行った。

 オレは捲兄に死んだ両親のことを聞かなかった。聞かなかったと言うよりむしろ聞けなかった。
 本当は聞きたかったよ。
 でもいつになってもそのことを聞き出しかねたのは、確かに実在した唯一の自分の兄は、両親と一緒に事故で死んだと聞かされて育ったからだ。

* * *

「悟浄、起きろ。着いたぞ」

 真っ暗な場所で眠っていると、とても近い場所で、名前を呼ぶ声がした。
「おい、悟浄」
 ゆっくり両目を開くと、ほんのりと光が差す方角から声が聞こえた。でもその声をかき消すように、ザザーッと水の音がする。
 でも変だ。なんでこんなに波の音が大きく響くんだろう。
「悟浄」
 瞼を開いても、あまりに深い闇に目が慣れない。
「…どこ?」
 ここどこだよ、っていう意味で言ったのを勘違いしたのか捲兄の手が伸びていて、オレのメットをひっぺがした。
「まだ寝ぼけてんのか?海だよ」
 そう言ってジッポーを取りだしてパチン、と、オレの目の前に炎を灯す。
 多分、捲兄は煙草を吸おうとしただけなんだと思う。でも口に咥えた煙草がその炎に近づくと、真っ暗な中に捲兄の顔が浮かび上がったから、オレは慌ててそのジッポーを手にした腕を掴んだ。
 街灯のひとつもないここはちょっと暗すぎて、そして波の音があまりに近すぎて、オレは不安でつまり怖くて、まるでガキみたいだと思いながらも、掴んだ手を離すことも、捲兄の顔から目を離すことも出来なかった。
 パチン、とジッポーの蓋が閉まって、またあの暗闇が二人の間に降りてくる。
「…なんか怖いんだけど」
 変な感じなんだよ。まるで駅のホームで、誰かがオレを線路に突き落とそうとしてるのを知っててそれで脅えてるみたいな。そんな恐怖感だった。いつ海に落ちるか分からない。落とされるか分からない。
「あー…悪ぃ」
 捲兄は、まるで自分が何かをしくじったみたいな声でそう言った。そんでバイクから降りて、さっき掴まれてそのままの腕とは反対の手でオレを抱き寄せた。よしよし、という仕草で背中を叩く。なんだこれ。そうされてホッとしてる自分にもマジでひくわ。
 でも怖いんだよ、すごく。自慢じゃねーけど、オレはお化け屋敷もホラー映画も心霊スポットもダメなんだ。
 夜の海に来たのは初めてじゃないと思うけど、こんなに灯りがない夜の海は初めてだった。今夜に限って月さえも新月でその姿を天に現さない。広い夜空は星の光だけだと、こんなに心細いということをいま知った。
「おまえ震えてんじゃねぇ?」
 そう言われて意識した自分の手は確かに少し震えていた。
「なぁ、なんか怖い。ここ」
 まるで独り言みたいに口をついて出た不安げな声。
 闇より黒い色があるなら、きっとこんな色だと思った。ここは波の音しか聞こえなくて、黒で塗りつぶされた空間がただ目の前に広がっている。
 視力を失うっていうことは、こんな虚無の世界に置いてけぼりになるってことなんだろうか。
「おまえもオレも、昔ここに来たことがあるんだよ。子供の頃の話だけどな」
 そう言われて、背中がぞくっとする。ああ、わかった―――じゃあここでオレは。

「…この海に、車が沈んだ?」
 
 そう聞くと、捲兄はオレをギュッてした。
 ああ、そっか。思い出した。この暖かい腕をオレは子供の頃から知ってる。オレとそっくりなくせして、全然いい人になんて見えない風貌をしてるのに、この人がどれだけ優しい人なのかをオレはすごいスピードで思い出していた。
「今日が命日だったんだよ、オレ達の親の」
 まるで記憶のパズルが入った箱を、コーンフレークを皿にザラザラと零すみたいに色んな光景が甦る。どうして忘れていたんだろう。
 小さいオレはいつもこの人と一緒にいたじゃねーか。どこに出かけるのも、この手をぎゅっと掴んで離そうとしなかったじゃねーか。

「ここから車が海に突っ込んだ。結局、遺体は上がってねぇ。だからまだこの海に沈んでる」

 そうだ。暗い暗い海に車が沈む中、オレはすぐ側に居た捲兄の腰に必死でしがみついた。
 転落したあと、オレが後部座席の窓を開けてたせいで、車内にはすぐに水が満ちていった。だからすぐに後部座席のドアが開いて、後ろにいたオレ達は車外に出ることが出来た。もう顔も思い出せない父親と母親は、空気が溢れ出す車内でオレが泣きながら名前を呼んでも、一度も振り返ってはくれなかった。
「ごめんね、ごめんね」
 最後に聞いた母親の言葉が耳元で甦る。
 あの時、オレは何が起きてるか分からなくて、口や鼻から入ってくる海水で息が出来なくて、怖くて、苦しくて、泣きながら捲兄に抱きついた。海の中で泣いてもオレ以外の誰にも分かって貰えないけど、確かにオレは泣いていた。さっき捲兄にしがみついた時、うっすらと思い出したのは同じ感触だった。
 思い出した、といってしまうにはあまりにも微かな記憶だった。それでもあの時、片手でオレを抱きかかえた捲兄の身体ごと、ゆっくり上へ上へと浮かんでいった感覚が甦る。海の中には音はあるけど声はないんだ。オレが暗闇が嫌いなのは、本当はあの夜を憶えているからじゃないのか。そう考えながら、握ったままだった捲兄の手を、もう一度強く握った。そうしたら捲兄の声が近くで響く。
「ほら、メシ喰いに行くぞ」
 そう言われて、うん、とだけ言った。そしたら「手だけ合わせろよ」と言われたから、オレはようやく捲兄の手を離した。ほんの少し黙祷をすると先にそれを終えた捲兄が、もう一度バイクに跨る。
 オレは慌ててヘルメットを被って、今度は遠慮なくギュッとその腰に抱きついた。海から引き上げられた後、気絶してたオレを揺り起こしたのは間違いなくこの人だった。なんで今まで忘れてたんだろう。どうして死んだと他人に言われたことを、そのまま信じていたんだろう。

 でも、なんでかな。
 まだオレはまるで夢の中にいるみたいなんだ。
 暗闇に横たわる海岸線をヘッドライトの明かりだけを頼りに走るこのバイクが、はやく国道に出て晩飯が食える店の前で止まればいいと思った。
 ―――もう飯なんてなんでもいいからさ。はやく明るい場所に行きたい。

 そんでようやく思い出せた捲兄の顔がちゃんと見たいよ。



written by 河東まえり









まえりちゃん凄いぜ!ありがとう!





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